井戸端news

芸能ニュース全般をまとめた主婦のエンタメブログです。気になる話題をいろいろ取り上げて行きます!(^^)!


    氷室 京介(ひむろ きょうすけ、1960年10月7日 - )は、日本のロックボーカリスト、シンガーソングライター。血液型はO型。群馬県高崎市倉賀野町出身。 所属事務所はBeatNix。ロサンゼルス在住。公式ファンクラブはKING SWING。既婚。 1982年、氷室狂介の名前でロックバンド・BOOWYのヴォーカリストとしてアルバム『MORAL』でデビュー。1988年4月5日、およそ7年の活動期間を以てBOOWYは解散する。1988年シングル『ANGEL』でソロデビュー。同年オリコン年間順位8位となった。



    (出典 yumeijinhensachi.com)


    ヒムロック!!還暦を迎えられたのですね😊おめでとうございます。マリオネットが好きでした!(^^)!


    https://bunshun.jp/articles/-/40724


    いま40代のお笑いタレントがトークをしていると、ときどきBOØWYが話題にのぼることがある。たとえば、バナナマンはMCを務める乃木坂46の番組で、設楽統が唐突にBOØWYの「B・BLUE」のイントロをくちずさみ始めたかと思うと、相方の日村勇紀も一緒に絶妙のタイミングで歌に入ってみせ、乃木坂のメンバーたちを驚かせていた。もちろん、お笑い以上に後進のミュージシャンにBOØWYが与えた影響は大きい。バナナマンとほぼ同年代であるGLAYのTAKUROは、14~15歳のころ友達の家で「B・BLUE」を聴き、腰を抜*くらい衝撃を受け、そのまますぐにレコード屋へCDを買いに行ったという。BOØWYのメンバーでも、とくにボーカルだった氷室京介はカリスマ的存在として、ソロに転身してからもずっとリスペクトを集め続けてきた。TAKUROは、氷室がBOØWY解散後初めてリリースしたソロデビューアルバム『FLOWERS for ALGERNON』(1988年)について、《人生であれほど美しいアルバムを聴いたことがない》と語っている。

    中略

    その氷室は、2014年にライブ活動無期限休止を宣言、翌々年の4大ドームツアーの最終地・東京ドームでの公演をもってステージから去った。このとき、《60(歳)くらいになったらアルバムでも出すか》と、今後も時間をかけてアルバムをつくっていくと宣言し、会場は拍手と歓声に包まれたという(※2)。あれから4年、氷室はきょう10月7日、ついに60歳の誕生日を迎えた。これに合わせて、今夜9時からはオンラインイベント「KYOSUKE HIMURO 60th ANNIVERSARY ONLINE HANABI LIVE “DISTANCE”」も予定されている。

    群馬県高崎市出身の氷室は高校在学中、同級生の松井恒松らと「デスペナルティ」というバンドを結成し、本格的に音楽活動を始めた。当初、氷室はドラム、松井はサイドギターを担当していたが、やがて氷室がギターを持ってリードボーカルを務めるようになり、松井はベースに回った。高校卒業後、デスペナルティはアマチュアバンドのコンテストの関東甲信越大会に出場し、決勝でギタリストの布袋寅泰率いるBLUE FILMと争っている。それから2年後の1981年、氷室・松井・布袋を中心にBOØWY(レコードデビュー前の表記は「暴威」)が結成され、新宿ロフトでライブデビューする。このあとドラマーの高橋まことが加入し、翌1982年に1stアルバム『MORAL』をリリースした。

    初期はライブハウスを中心に活動していたBOØWYは、1984年にはライブは酸欠状態となるのが常となり、音楽業界でも注目され始める(※3)。3rdアルバム『BOØWY』リリース直後の1985年6月には、渋谷公会堂公演を敢行。このとき彼らはまだレコードセールスでは大々的なブレイクはしておらず、渋谷公会堂でのライブはかなり思い切った勝負だった。しかし見事に成功を収め、これを機にホールでの活動に移行する。1986年の4thアルバム『JUST A HERO』は初めてチャートにランクインし(最高位5位)、同作を引っ提げての全国ツアーの最終日には、初めて日本武道館のステージに立った。いまなお伝説的に語り継がれている氷室の「ライブハウス武道館へようこそ」というMCは、このとき飛び出したものである。

    しかし、BOØWYは人気絶頂にあった1987年12月、渋谷公会堂でのライブで氷室の口から解散を宣言。翌1988年4月、オープンまもない東京ドームでの2日間にわたる“LAST GIGS”をもってすべての活動にピリオドを打つ。その後、氷室はいち早くソロ活動を開始し、解散からわずか3ヵ月後にはソロデビューシングル「ANGEL」、さらに9月には前出のアルバム『FLOWERS for ALGERNON』をあいついでリリースした。

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    (出典 bunshun.ismcdn.jp)


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    相棒』(あいぼう)は、2000年からテレビ朝日・東映の制作で放送されている刑事ドラマシリーズ。 2000年6月から2001年11月にかけてテレビ朝日系「土曜ワイド劇場」で単発ドラマとして放送され、2002年10月から連続ドラマとしてシリーズ放送されている。派生作品として劇場版4作とスピンオフ映画2作が公開されている。



    (出典 www.tv-asahi.co.jp)


    個人的には…寺脇康文さんの亀山が一番良かったなあ(笑)


    https://www.news-postseven.com/archives/20201006_1600686.html?DETAIL
    2020.10.06

    今年20周年を迎え、まさに国民的刑事ドラマとなった『相棒』(テレビ朝日系)。その最新シリーズとなる『相棒season19』が10月14日からスタートする。
    そこで『相棒』ファンにアンケートを実施(10代~80代の読者663人を対象)。ファンならではの視点から、今後のキャスティングに対する希望について聞いた。
    女性セブンの10~80代読者に対し「セブンズクラブ」にてアンケートを実施(2020年9月3~9日/回答者数663人)

    最初の質問は、「杉下右京の相棒になってほしい芸能人は?(男性編)」だ。「若手イケメン俳優の初々しい活躍が見たい」(42才・主婦)など、相棒の若返りを求める声が多く上がった。一方で、アンケートからは除外したものの、寺脇康文(亀山薫役)や成宮寛貴(甲斐享役)を復活させてほしいという声も、各12票ずつあがり、過去の相棒たちへの“愛”が感じられた。また、すでにドラマに登場しているキャラの“格上げ”を希望する声もあり、なかでも、警視庁生活安全部サイバー犯罪対策課サイバー犯罪捜査官・岩月彬役で登場した田中圭に人気が集まった。

    【問1】杉下右京の“相棒”になってほしい芸能人は?(男性編)
    第1位 菅田将暉 19票
    第2位 綾野剛 18票
    第3位 田中圭 17票
    第4位 賀来賢人 16票
    第5位 星野源 13票
    第6位 竹野内豊、木村拓哉 12票
    第8位 佐藤健、松坂桃李 11票
    第10位 小栗旬 10票

    【問2】杉下右京の相棒になってほしい芸能人は?(女性編)
    第1位 米倉涼子 10票
    第2位 仲間由紀恵 8票
    第3位 天海祐希 7票
    第4位 北川景子、伊藤蘭 6票
    第6位 波瑠、浜辺美波、多部未華子 5票
    第9位 杏、篠原涼子、竹内結子 4票

    【問3】次の女将は誰がいい?
    第1位 井川遥 51票
    第2位 石田ゆり子 24票
    第3位 鈴木京香 18票
    第4位 伊藤蘭、木村多江、真矢ミキ 15票
    第7位 宮沢りえ 13票
    第8位 杏 11票
    第9位 壇蜜、吉瀬美智子 10票





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    お笑い第七世代(おわらいだいななせだい)は、2010年以降にデビューした若手お笑い芸人を指す俗称。明確な定義はないが、20代から30代前半の芸人が該当するとされる。 せいや(霜降り明星)が、2018年12月22日深夜放送のラジオ番組『霜降り明星のだましうち!』(ABCラジオ)にて「次の年号の世代を『第七世代』と勝手に銘打ち、20代で区切って固まる」ことを提案したことによる。当初は芸人に限った話ではなく、同世代のYouTuberやミュージシャンなどと共にジャンルを超えて集まる事の提言であった。さらに「上の世代に勝とうとかじゃなくて、自分ら20代でしか出来ないお笑いがあるのではないか、そういう可能性を探る世代」としている。



    (出典 www.vivi.tv)


    時代とともに変化しているのですね!!


    「お笑い第7世代を平たく言うと、“ダウンタウンの影響をあまり受けていない世代” です。ここ数十年、ダウンタウン、特に松本人志はカリスマで、多くの芸人はそこを目指してお笑いをしてきました。ピラミッドの頂点に松本人志がいて、芸人は彼との距離感から自分の立ち位置を測っていた。しかしその価値観にこだわらない世代が台頭してきたということです」

     社会学者(テレビ論)でメディアと文化について研究する太田省一氏は、いまバラエティを席捲する「お笑い第7世代」をそう解説する。

    「第7世代という言葉を初めて口にしたといわれる、霜降り明星・せいやの発言は『自分たちの世代は自分たちでおもしろいと思っているものがあるから、前の世代に気を遣わずにやっていこう』というニュアンスでした。前の世代の価値観を否定しているわけではないんです。反・松本人志でなく、脱・松本人志、卒・松本人志といった感じでしょうか」

     そもそもダウンタウン的なお笑いとはどういったものなのか。

    「ダウンタウン以前の世代の漫才は、老若男女にわかるように『声を張って、ゆっくりと、わかりやすく話しなさい』というスタイルでした。

    漫才ブームのツービートや紳助・竜介が最初にそれを壊したのですが、極限まで突き詰めたのがダウンタウンです。

    彼らはお笑い至上主義ともいえる価値観を作り出しました。『ダウンタウンのごっつええ感じ』などで見せるコントはいままでにない実験的な部分もあり、私も含め当時の若者はその笑いに夢中になりました」

     従来のお笑いを壊して、新たな基準を作り出したダウンタウンから30年、2人の影響を受けない第7世代が生まれた。

    「まず、第7世代にはいい意味でこだわりがないんです。ダウンタウンがお笑いをストイックに極めたのと対照的ですよね。宮下草薙の草薙なんて『いつ辞めてもいい』なんて発言するくらいです。

     さらに、一昔前は、お笑いコンビはプライベートで仲良くしないみたいな風潮がありました。

    第7世代は全体的に仲のよいコンビが多い印象を受けます。EXITなんか、恥ずかしげもなく相方をほめたりしますよね。これはもし*ると、デジタルネイティブな世代だからこそかもしれません。

    若いうちからSNSが身近だった彼らにとって、“いいね” と言い合うことが、コミュニケーションの基本にあるような気がします。相手をほめるという、古い世代にとってはこっぱずかしい行為のハードルが低いんでしょうね。そこに、ぺこぱの“ノリツッコまない”という新しい手法も出てきたのでしょう」

     太田氏は、こう結論づける。

    「ダウンタウンの作った世界は、ものすごくおもしろかったんです。だけどその世界のなかにいる限り、ダウンタウンを超えることはできませんから。そこだけじゃないんだよ、というのが第7世代です。

    “ノリつっこまない” という言葉自体は松本人志が名付けたもので、いまもダウンタウンの影響力は絶大です。でも、もし*るといま、メインストリームが切り替わる最初の段階に、私たちは立ち会えているのかもしれません」

     
    https://news.livedoor.com/article/detail/19006685/





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