井戸端news

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    カテゴリ: 政治家


    小泉 進次郎(こいずみ しんじろう、1981年〈昭和56年〉4月14日 - )は、日本の男性政治家。自由民主党所属の衆議院議員(4期)、環境大臣(第27・28代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災担当)。血液型AB型。 内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官、自民党青年局長、自民党農林部会長、自民党筆頭副幹事長、自民党厚生労働部会長などを歴任。
    父は、第87代・第88代・第89代内閣総理大臣の小泉純一郎。母は宮本佳代子(エスエス製薬元会長、泰道照山の孫)。兄は俳優、タレントの小泉孝太郎。妻はフリーアナウンサーの滝川クリステル。



    (出典 202x.jp)


    電線取り外すのかなあ・・・
    大変な作業になりそうですね・・・

     「この電線なくしたい」25日視察のため道内に入った  小泉進次郎環境大臣が阿寒湖温泉を訪れ、電線が多い景観にダメ出しです。

     小泉進次郎環境大臣「この電柱のある映像どう見えます?この電線なくしたい。地域の魅力・景色、これだけ素晴らしい阿寒湖なのに。これを見れば何を改善しなければならないか一目瞭然ですね」
     
     25日午後小泉進次郎環境大臣は釧路市の阿寒湖を訪れ、新しく整備された湖畔沿いの遊歩道などを視察しました。
     
     環境省は阿寒摩周国立公園を訪れる外国人観光客を増やそうと2020年を目標に新しいツアーの開発や遊歩道の整備などを進めていて、大臣自ら進捗状況を聞き取りました。
     
     地元からは、外国人観光客の需要が見込めない中、コロナ後を見据えて景観改善などの支援を求める声があがりました。
     
     小泉進次郎環境大臣「この阿寒摩周はワールドスタンダード。世界水準の観光地・国公立公園になる可能性がある。この後押しをやっていきたい。」
     
     小泉環境大臣は25日も摩周湖や釧路湿原を視察し野生生物の保護などについても関係者と意見交換する予定です。

    ソース元に動画あり

    https://www.htb.co.jp/news/archives_8832.html

    画像

    (出典 i.imgur.com)


    (出典 i.imgur.com)


    (出典 i.imgur.com)

    ※前スレ
    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1601112308/





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    三原 じゅん子(みはら じゅんこ、本名:中根 順子、旧姓三原、1964年〈昭和39年〉9月13日 - )は、日本の政治家、元女優・歌手、元介護施設経営者、元レーシングドライバー。以前は出生名の三原 順子で活動。血液型はB型。芸能活動期間の所属事務所は東京宝映テレビ。



    (出典 www.miharajunco.org)


    久し振りにテレビで見たらやっぱり変わらず綺麗でした😊

     三原じゅん子参院議員(56)が、菅内閣の厚生労働副大臣に就任した。10年の参院選(比例)で初当選して2期、10年目での快挙である。過去にも、女性閣僚の目玉として、その名が挙がったこともあったが、身体検査に引っかかっていたとの説もある。ならば、改めて、じゅん子先生の来し方を振り返ってみよう。

    〈昭和39年9月13日、私は東京都板橋区にある都立豊島病院で生まれました。赤ちゃんの時の私って、とにかく小っちゃかったそうなの。顔も小っちゃくて、とても可愛かったんですって。〉(註:以下、引用に関しては改行を省略)

     とは、1980年に出版された三原の*作「片恋いのラブレター あなたに伝えたい」(KKベストセラーズ)の本文冒頭である。この前年、「3年B組金八先生」(TBS)の第1シリーズに、山田麗子役で出演したのが彼女だった。茶髪の聖子ちゃんカット、ロングスカートの制服に腕まくりという、ツッパリを演じて人気者に。リンチシーンにおける「顔はやばいよ、ボディーをやんな、ボディーを!」のセリフは、今でも語り種(ぐさ)となっている。その後、アイドルとなっても、ツッパリ路線を貫いていく。

     だから、この著書も他のアイドル本とはちょっと様子が異なる。小学校時代は〈人見知りな女の子〉である反面、〈とにかく喧嘩っ早い女の子で有名〉だったそうで、その暴れん坊ぶりときたら〈小学校4年になった時には、女の子では私に逆らう子は1人もいなくなったほどです。私がみんなを従えて、1日1人の割で男の子を殴って泣かしてた〉という。小学生のときから山田麗子だったのだ。

     その後、私立中学へ入学したが、芸能活動が認められていなかったために区立中学へ。

    山田麗子そのもの
    〈初めて近所の学校へ通うことになったんですけど、みんな顔見知りの子でも、私は生意気だって嫌われていたから、友達なんか1年間ぐらい出来なかったの。(中略)転校して、友達もいないし、一人ぼっちで、真面目でいるっていうことは、私にとってちょっときつかったの。〈もういいや、ツッパってやろう〉そう思ったの。志村一中は、真面目な子ばっかりだったから、すごく目立ってた……。スカートを長くして、カバンはペッタンコ。授業中も腕組んで、足組んで、ふんぞり返って聞いてたの。言ってみれば、『金八先生』の山田麗子みたいな感じでした〉

     高校は、都立代々木高校を受験するも不合格。明大付属中野高校定時制に入学した。ちょうど、その頃に書かれたのがこの著書で、〈今は高校を何としてでも卒業したいと思っています。試験にはカンニングがつきもの。絶対に卒業したい! こんなこと書いちゃいけないかな。でも、先生が読むわけでもないもの、いいんじゃないかしら。それに、もし読んだって、笑ってみのがしてくれますよね、先生!?〉とあるのだか、結局、退学したようだ。

     80年9月、「セクシー・ナイト」で歌手デビューを果たす。他のアイドルと一線を画す雰囲気は“ポスト百恵ちゃん”と呼ばれ、デビューシングルは30万枚以上を売り上げた。

     ところが、その後、彼女の話題は、男が中心となっていくのだ。出演した「ザ・ベストテン」(TBS)で、“恋人がいる”宣言。12月には“ケーキ屋ケンちゃん”こと宮脇康之との交際宣言をするものの、長くは続かず破局。

     続いて「金八先生」第2シリーズの不良役(松浦悟)を演じて人気となった沖田浩之、さらに巨人軍の水野雄仁選手とも浮き名を流し、10代にして“恋多き女”の称号を得た。ただし、宮脇と沖田について彼女は後に「男女の関係はなかった」と言っている。

     そして、この次がミュージシャンの立川利明だ。87年4月2日未明、豊島区の路上で2人してタクシーを降車したところを、写真誌「FRIDAY」が激写。これに激昂した2人は、

    〈「フィルムを出せ」といい、ひざげりをするなどして乱暴。さらに三原は今井さんがカメラを抱えて路上にうずくまっているところへ、馬乗りになり、髪の毛をつかんで頭を路上に打ちつけた。2人のカメラマンは約1週間のけが〉(朝日新聞夕刊87年4月2日付)

    全文はソース元で
    https://news.yahoo.co.jp/articles/23a2d438490f1a222bbf7081b7b2a80141757424

    (出典 amd.c.yimg.jp)




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